曾祖母の死

小学4年生の時に、動物好きの曾祖母が、亡くなりました。

私達兄弟の子守だったので、ことわざの意味など様々な事を教えてくれた人でした。私は曾祖母の話を聞きながら、正しいことわざなのか、様々な場合を考えて、成り立つのかと検証し、これは正しい話?嘘の話?と脳内で検証しながら、曾祖母の説明を聞いていました。

中には全くの嘘も多く、何故昔の人はこんな嘘をことわざにしたのかと考え、そうか!!昔の人は知識がないから、科学的な知識が無いから、妄想や想像、その場の思い付きで考えた事が、ことわざになったんだと学べたのです。この事から、昔の人の話を鵜呑みにしてはならない事を学んだので、何でも疑って考える練習が、始まったのです。

いろんな事を教えてくれた曾祖母も、往診してくれた先生に看取られ、死んだのでした。

この当時は、冠婚葬祭の会場が無いので、全部自宅でやるのですが、数日後、東京からも親戚が集まり、葬儀が始まったのです。この頃売り出した8ミリカメラを、東京から来た人が持ってきて、葬儀の風景を撮影したのです。

墓地の空き地に到着すると、棺桶をおろし、お坊さんが「最後の別れなので、顔をみてやって下さい」と言って、立っている場所を譲り、私は顔が見えるように、一番近くに陣取って、棺桶の蓋が開くのを待ったのです。

親戚中が最後の顔を見ようと、棺桶に集まった時に、蓋が開いたのですが、曾祖母の顔を見た瞬間、みんなで驚いたのです。やせ型の曾祖母の顔は、パンパンに膨れ上がり、誰だか分からないほど変形していたのです。みんなは死んでから内臓が破裂すると、顔もパンパンに膨れ上がると説明する人の話を聞き、納得していました。

私はショックで、その後、何度もこの時の曾祖母の顔が脳裏に浮かび、恐怖で寝付けない時が、たびたびあったのです。

葬儀が終わった夜に、撮影した映像をみんなで見ていると、棺桶を開けて曾祖母の顔を撮影したのですが、棺桶と、誰も居ない布団だけしか、映っていないのです。現場ではみんなが見えていた遺体だけが、映って居ないのです。

皆はあれこれと、自分が納得出来る理由を探して話し合ったのですが、想像や妄想だけで、誰も納得出来る説明が出来ないのです。

それと、土葬する為に墓穴を掘っていた部落の青年達が、以前に埋葬された棺の蓋には、爪で傷付けた後が残っていたとの事で、埋葬されてから息を吹き返したのでしょうと言っていました。土葬は怖いですよね。

これ以降、私は様々な心霊現象を、数え切れないほど体験をする事になるのです。